女心秋空


久しぶりに「素材」が手に入りましたので
オフィシャルブログで筆を執ることに

早速ですが、アップw

鍵付き用写真_191026_0002


撮影補助の最後のほうで見た景色の切り抜き
何も感がえず、無意識の行動の向こうが

実は一番素敵だと
誰が思うのか。


飾らない、意識しない
[そのまま]感


実はソレを作ろうと
いつもの撮影に奮起していることは
ほぼ、間違いありません。

作ろうと思って作れるものではありまへんのです。
あまりにも多く、ぜいたくにも見過ごされていくその瞬間
そして残酷にも通り過ぎていく時間。

その瞬間を見つけて、気づいて景色ごと切り抜く

鍵付き用写真_191026_0001


もはや、匠の領域ですがよw
ナチュラルの美しさ

大人になるにつれ
その良さがわかり始める初老

さて、ね…


年末がじわりと
迫ってきておりますね

秋、そう


三朗の一番好きな季節。
本物シーズン


どうして秋が好きなのか
そういわれて話し出すと止まらない三朗

夏ほど大胆でなく
冬ほど刹那くなく

すれ違いも切なさも
すべてがちょうどいい季節

矛盾すらも愛せる






それが秋








意味わかんねえw、と
思われる方も多いと思いますが



海に行っていた頃は
夏が好きでした

雨が降っても
雷が鳴っても

海へ出てました

でもその夏より
秋が好きになった節目は

やはり、落ち着きを取り戻し
飾ることをやめ、自然の良さを知り
その灌漑深さに身を任せること。

とは言っても夏になれば必ず花火大会はあります。
夏が嫌いだなんて文句、三朗には百年早い。

誰かと行く花火も
断られて一人で行く花火も美しさは変わらない。


だけど、誰でもよかった夏
思い出の象徴である季節

一緒に花火を見ている相手が
どうでもいい相手だということをお互いが察していながらも

それをただ受け止める現実






そんな「夏」


夏が、ひきちぎれるほど切ないわけがない
切なくてあってもいいとは思う

でも、そんなわけない。





切なさに心を揺らされてもなお、それを愛するのは
切なさが自分自身を、ほんの少しだけ殺してくれるからだと思う。


それが秋。



寂しくないと言い聞かせる秋の寂しさ
そして、何もかもが絶える寒い冬の到来。




むなしさが肺の底からこみ上げる幸福感の中で
過ごす場所、そんな場所を持っているか、いないか。




若かったころの賑やかな海より
十一月を過ぎた静謐で安全で心地よい海




そして来るクリスマス
誰かが愛し誰かが憎む年末のイベント


そして、忘れたいことなんてないのに
始まってしまう忘年会



会いたいと思っていても
会いたいと思ってもらえていないであろうこととか
なんかそういったものを含めて「秋の良さ」なんだと思う。






ご理解いただけましたかなw
さて、ぞんぶんに秋を感じましょうね。






…え、この写真誰かって?

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はじめましてd( ̄  ̄)☆キャンディグループ統括です♩

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